法律のいろは

自筆で書いた遺言の効力の判断が問題となった最近の裁判例(1審と2審で判断が異なったもの)

2022年8月15日 更新 

 公正証書遺言・自筆証書遺言(自筆で書いた遺言)の有効性が問題となる(無効が主張されるもの)は多数存在します。特に自筆で書いた遺言は一定の要式を守らないと無効になるうえに,実際にその方が書いたものかどうか・遺言をする際に最低限必要な判断能力(遺言能力)があったのかどうかが問題になることがあります。このほかに,書かれた内容が遺言としての意味を持つのかどうか・書いた内容をどう考えるべきなのかが問題となることもあります。

 

 このうち,比較的最近の裁判例(東京高裁令和1年10月16日判決・家庭の法と裁判39号・45頁)はほぼ同じ事実経過を認定しながら1審と2審で自筆の遺言書の有効性の判断が異なっているもので,今回このケースを前提としつつ,特に遺言能力というものが問題となる場合について取り上げていきます。このケース自体は亡くなった方の子ども同士で遺言が無効などうかが,実際にその方が書いたのか・遺言能力があるのか等の点で問題となったものです。その方が書いていることを前提に遺言能力の有無が問題となりますが,遺言能力の有無の点で判断が異なっています。

 

 遺言の有効性がないことが立証されない限りは有効と判断されますが,その際裁判例上は①遺言をした方の健康面から見ての精神上の障害の有無や内容・程度②遺言内容が複雑かどうか・その程度③その遺言をする動機や理由があるのかどうか・遺言で財産をもらう方と遺言をする方との関係性④遺言をするに至った経緯など,様々な要素を考慮して判断をする傾向にあるといわれています。実際に遺言の有効性でトラブルが起きるのは,自筆かどうかが問題になる場合(筆跡面での問題がある場合等)以外に,認知症などの健康面で問題があることや特定の相続人からの働きかけが強い・遺言をする方にその内容の遺言をする動機が薄い等の場合が考えられます。

 認知症といっても,その症状や進行の状態がどうなのか・アルツハイマー型なのか脳血管型なのか・どういった症状であったのかが大きく問題となります。要介護認定の際の調査票や主治医意見書・日生活自立度がどの程度なのか・訪問看護や介護の際の遺言者本人の状況を示す資料(担当者の記録など)は一つの証拠になるでしょう。いざ裁判の場面ではカルテや介護記録等が問題になることもあります。これらは取り寄せなどが行われることがあります。

 このほか,どういった行動を遺言をした方が示していたのか・遺言を遺すに至った経緯も遺言書作成時の状況を示すものとなります。遺言をする場面での状況やそのころの日常生活を撮影した資料は問題になります。遺言書自体の内容がどうかという点も問題となりうるでしょう。

 

 遺言書の内容が単純で・遺言をした方の認知症などの症状があまり進んでおらず問題行動も少ない・相応に経緯に問題がないというのであれば,無効とは言いにくくなってきます。内容が単純だからと言っても,遺言で財産をもらう方が下書きしたものを書き写した・それなりに症状が進んでいたという場合には,無効リスクが少ないとは言いにくくなってくる場合もありえます。

 今回取り上げた裁判例のケースでは判決文からは,遺言書作成前から物とられ妄想的な症状のあった遺言者について,遺言書作成後しばらくしてから認知症の疑いから長谷川式簡易知能評価スケールで17点(30点満点で一応20点以下が認知症疑いとされています。記憶を中心とした認知機能の程度を見るもので,ここをクリアしたからと言って認知症ではないわけではありません)・その後アルツハイマー型認知症との診断を受け,成年後見の審判を受けたものののようです。

 1審は検査や診断の過程を認めながらも,遺言書の内容が特定の方に財産をすべて渡すという単純なもので・遺言をした方が別の方からの提案を受け自ら書いたものであることなどを理由に,一定の理解力があり,十分理解できる内容であることなどを理由に遺言が無効とはならないと判断しています。これに対し,2審では遺言書作成の前からの症状(先ほど書いたものに加え会話が要領を得ないものとなっていたこと等)・遺言書作成の時期から1か月余り経過した後に認知症の疑いを医師から告げられ,先ほど触れた検査などに至ったこと・遺言書自体遺言をした方が考えたものではなく,他の方から示されたものを書き留めたものであることやアルツハイマー型認知症の基本的には徐々に認知能力が低下していく点も踏まえて,遺言能力を否定しています。

 遺言書の記載が複雑かどうかの点の考慮もありますが,アルツハイマー型認知症との疑いや診断を遺言書作成から2から3か月程度で受けていたこと・病状進行の特色や遺言書作成の少し前に病状が相応に進んでいたことを示すエピソードなどが存在していたこと・遺言書も自ら考えたわけではない点を考慮した点が判断を分けているものと思われます。遺言書を自ら考えたというのであれば,相当の判断ができたことを示すことの根拠にはなるでしょうけれども,ここがない点は否定的な評価につながる可能性もある要素なのかもしれません。いずれにしても,作成時点での判断や意思がはっきりと示されているはともかく,そうではない場合には,前後の健康状況や言動内容等が細かく問題となりうることを示しているといえるでしょう。

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