法律のいろは

相続税対策のための売買と借り入れのメリットとリスク(比較的最近の裁決例から)

2022年8月19日 更新 

 相続対策の大きな部分を相続税の削減が占めている(少なくとも関心として)面は否定できませんが,分かりやすいものにはリスクも存在します。比較的最近の最高裁の判断(最高裁令和4年4月19日判決)でも同様の問題があるように思われますが,建物の売買を相続人と亡くなった方との間で生前行い,その代金を相続人⇒亡くなった方への貸し付けで決裁した件で,比較的最近その負債の処理などをめぐり国税不服審判所で判断が出ています(令和3年6月19日裁決LEXDB26013084)。

 

 このケースでは裁決文からは,ある税理士法人の提案で,①亡くなった方の持っている土地上にその子供が建てた建物を,子ども⇒親である亡くなった方へ売却する②売買代金は,子ども⇒その親への貸し付けのお金で決済する③売買代金は建物の取得価格から減価償却費を引いた金額による④相続開始後の遺産分割で売主・貸主である子供が負債を引き継ぐ合意を行うという概略です。ちなみに,一般に建物の相続税の際の評価額は固定資産税評価額によるとされていますが,それよりも高い金額で売買をする形となります。

 同じ貸金の貸主と借主が同一の方になるとその貸金は消滅すると法律上規定されており,遺産分割の場合には合意をすると相続時点で負債は消滅することになります。また,相続開始時に存在する負債はものによっては,相続税の課税財産から差し引くことができます。そのため,このスキームによると,相続税の申告の際の評価額を上回る負債を差し引くことで相続税の課税を大きく下げる可能性につながることになります。

 

 そして,差し引くことができる負債とは,相続開始時に存在し・確実と認められるものとされています。裁判例上は,負債は相続開始時の「現況」によって評価されることとなっていて,債務額とは必ずしも一致しない・確実という部分は,相続人が法律上,道義上支払いを強制される性質を持つとされています。このケースで問題となったのは当初のスキームで売買・貸金額で決済をすること・遺産分割で貸主=借主とすることで負債を消滅させる場合には,相続開始時点で負債は存在せず負債の履行は予定されていないとも考えられるという点です。言い換えれば,支払いを強制されるという意味合いがなく,差し引きの金額がなくなるのではないかという点です。

 実際にこのケースで税務当局の言い分はそうしたもので,負債の差引きはすべて認めないことで納税額は多くなるというもので,負債の差し引き部分があるのかなどが争点となっています。このほかに先行した税務調査の手続面の問題や税金を課す処分の理由が十分なのかどうかという争点がありますが,省略します。

 

 このスキームによる場合には,建物などの利用関係は変わらない・売買代金は貸金額に代わる(返済という形で決済が生じる)けれども,相続開始まで大半が未決済(すなわち負債が残る)・遺産分割によって相続開始時点から負債はなかったことになる(相続人は支払いを強制されることがない)という点が想定されています。ここからは,少なくとも多くの部分が相続人が履行を強制された負債と言いにくくなります。もちろん,スキームで想定されていなければ話は変わってきますが,実際にそうなのかは事実関係で問題になりそうです。

 国税不服審判所の判断では,この前提に立ちつつも,建物の固定資産税評価額の部分までは差引きを認めています。「確実に」という面からすると,理解しにくい面がありますし,実際に裁決を読んでいても難解になっています。

 判断では,建物の相続税評価額(固定資産税評価額)への上乗せ部分は,遺産の先取りによる調整の対象となるのと同様に考えられる(つまり,先取り分は遺産分割ではとれない)ため,遺産分割の際に取得する部分を減らすものに上乗せ部分の負債は該当しないと述べています。これに対して,上乗せではない建物の固定資産税表額の範囲では,対応する部分の負債が存在することで取得できる経済的な価値が減るとしています。負債を差し引く意味は相続によって無償でもらった経済的価値に相続税は課税するものの,その経済価値を下げる要因を負債として差し引くという一般論を示しています。その上で,建物の固定資産税評価額に対応する部分では経済的価値を下げる要素に負債はなるから,差引きをするべきと判断しています。

 論理展開が非常に分かりにくく,支払いが強制されているのかどうかという話から,負債の差引きを行う趣旨に話が変わり差引きを行う趣旨に該当するから,「確実と認められるもの」にあたるという話に「遺産の先取り」の話を媒介して変わっているように思われます。

 いずれにしても,この話を前提にすれば契約の実態が存在する限りは該当財産の評価額の範囲では負債としての差引きを認めることにはなりますが,過度な対策は逆にトラブルを生む可能性を示しているようにも思われます。

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